小豆島に行ってきた

遅めのお盆休み。夏休みといえばいいのか。
いただいた連休のうちの一日は小豆島へ遠足してきました。
(久しぶりにパソコン立ち上げたので調子に乗って長文です。要約すると、1.船の冷房が辛かった。2.小豆島たのしかった。この二点だけですんで。)

という感じでFBに以下の日記をアップしてみました。これ、まだごっそりひとつのエピソードを抜いていて、それをどこかに隠して埋め込もうと考えてるものの、写真のコメントスペースだとスクロールしにくくて読みにくいし、やっぱり編集履歴に隠すのが常道かなあ。アオリイカと青い蜂の思い出。

神戸から小豆島へはジャンボフェリー一本で行けます。神戸側のフェリー乗り場は税関を少し南に歩いたところにあって、そこから小豆島の南東にある坂手港に着きます。運賃は人間だけなら往復で4000円弱(※深夜便は別途300円)、お手ごろで快適な船旅です。夏場の利用には冷房対策として羽織るものかコンパクトなブランケットがあれば安心かもしれません。出航から着岸の2,30分前までは売店とおうどんを販売するカウンターが開いているので、腹ペコで乗船しても大丈夫。冷房で冷えたからだを温められるし、旧名加ト吉、現テーブルマークのおうどんだから普通にうまいです。船内のデザインがことごとくおうどんなのでサブリミナルも否めません。サブリミナルといえばジャンボフェリーのテーマ曲が印象的なのでお子さまと乗船の際はのちのち延々歌われてしまうかもしれません。たぶん油断すると大人も口ずさみます。(https://www.youtube.com/watch?v=8XlMrT3KwvY
神戸から深夜1時発の船に乗ると、冷房の寒さをこらえて朝の7時、小豆島がみえてきます。(※深夜便だけは高松経由なのでこの時間ですが、それ以外の昼便・夜便は所要時間3,4時間程度。)この高松経由の深夜便は5時ごろの高松着前に船内放送が流れるのでたぶんみんなそれで起きます。歯磨きする時間も充分あります。(…あ、今気がついた。経由地がある分、この便に乗ると一回多くテーマ曲を聴いてるんだ。往復で5回。そりゃ歌うわな。)
昨年2013年は瀬戸内国際芸術祭というイベントが開催されていて、小豆島もその会場として各地でいろんなアート作品が展示されていました。私が行ったゴールデンウィーク明けは(あ、去年も小豆島に行ったんすよ)ほんらい芸術祭全体では会期の春季と秋季のはざまだったんですが、小豆島はそのまま展示を継続して各会場にスタッフも常駐という形をとってくれていました。ゴールデンウィーク中はそれはそれはたくさんのお客さんが来ていたそうで、来客のピークを超えてほっとした雰囲気の会場ではゆるめの雑談も許されるノリで、楽しかったです。「小豆島、いいとこスよねー。」「そういってね移住してくる人もいるんだけど、あなたくらいの歳の女の子とか。」「あー。」「仕事ないから大変よ。」「っスよねー。」
小豆島を薄っすら岡山と思っていたくらいの、もちろん瀬戸芸があるとかないとか何も知らず、全くの情報手ぶらで行ったにもかかわらず、出会う人出会う人みんなが親切で、ものすごく満喫した去年の思い出を経ての再訪です。
坂手港に着いて、さっそく目に入るのがヤノベケンジのミラーボールみたいなアレ。感じたのは、この土地との「再会」。フェリー乗り場で手にしたリーフレットで「観光から関係へ」という、昨年のイベントでできた縁を繋げていこうという島の試みを読んでいたところで、なるほど、と。各地の展示を撤収するどころかいろんなプロジェクトとして膨らませているらしいです。行きたければ去年の展示もまた巡れるなあ、なんて考えてみました。帰りのフェリーの時間以外はまあノープランですけどね。
そういえば去年、ひとつの会場で知ったんですが、小豆島も八十八ヶ所の霊場があって、お遍路ができるんですよ。軽トラのおじちゃんがわざわざ車を止めて「瀬戸芸か。あっちにあるぞ。」って、ぼーっと歩いてるだけの私に教えてくれたのも、お遍路さんをもてなすやさしさが受け継がれているからかもしれませんね。さておき、せっかくなので前に行ったことのない方へ向かってみようと、岬の灯台を目指すことにしました。海の水が透明で、立派な蟹がいて、高いところで鳶が鳴いていて、遠く近くに島を眺めるこの景色。なんて気持ちがいいんだろう、それにしてもこの道は犬の糞が多いな、と浜沿いの道を進んでいたのですがまだまだ道程も半ばというところでスズメバチに威嚇されまくって「ごめんごめんごめん」と糞だらけの道を引き返しました。次はスズメバチのいない季節に灯台へ行こうと心に誓いました。や、誓うってほどじゃないけどなんか悔しいでしょ。

けっきょくお昼頃に島の南西部・土庄に着いて、こうなるとフェリーの出航時間から逆算して自ずとコースもリミットも決まってくるわけですが…。とりあえず地元の人に教えてもらったお店でごはんにしようと向かっていたら、たてすの陰に水槽がみえたんですよ。門の中の人と目が合ったから会釈して、「これはらんちゅうですか?」と声をかけたのは私の方でした。「おお、らんちゅう知ってるか?」「ていうかこんな立派ならんちゅう見たの初めてです。それは、お昼ごはん?」立派ならんちゅうに育てるには、お相撲さんをつくるのに似ていて、たくさん食べさせてたくさん運動させることが必要で、人間のお昼どきの時点で3食目のおやつなんだそうです。ちぎった海苔をパクつくのがかわいい。「こっちの水槽は今年の春産まれたの。」春に産まれる卵は15000個、そこから何段階にも選りすぐって育て上げていきます。というのも、らんちゅうは長い長い金魚の歴史の中ではまだ新しい品種だから遺伝子的に不安定な部分があって、らんちゅうとしての美しさをもつものが生まれてくるとは限らないからだそうです。「水がきれいだから元気なんですね。」「いや、逆。魚には苦しいの。」替えたての水のストレスフルな環境が魚の運動を促すので、適度に繰り返すことでからだを締めて、美しいバランスのフォルムへと育てます。らんちゅうの愛好は、単純にいきものをかわいがるというよりは、作品を磨き上げるような世界なんですね。背びれのない、丸いからだ。ちょうちょのように広がった尾びれ。少し不自由な美しさを愛する話を、1時間ほど聞いていました。「ごめんな。今日はじめて他人としゃべったからついしゃべりすぎちゃった。」って。いや全然おもしろかったっす。こんなこともなければ興味も持たないであろう世界の話を聞けるのは幸運だと思います。まじで。この1時間で、がっつりその後の予定は変えたけど。予定を変えた結果、炎天下の死の行軍も少々。それもまた一興ですよね。

帰りのフェリーも寒かったです。

 

で、本文には続きというか、ごっそり端折った時間がありまして。こちらへ隠し日記。という形でFBでは写真に埋め込んでます。

スズメバチに追われて浜を戻っていたら釣りをしている人がいて、何が釣れるのかなってぼーっと見ていました。
「さっきはこの辺に小魚の群れがバシャバシャっと走ってたんですがね…。」ひゅんっと遠くに投げながら「今はハマチの、ハマチになる前の魚が岸に近づいていてアジの群れとかが、こうバシャバシャーっと追っかけられて。」「追っかけてる方を狙ってるんですか。」かからない釣竿を仕切りなおして、またひゅんと投げて「でも、ちょっと出足が遅かったみたいです。もう沖の方へ行ってしまったみたいで。」近くに見える小島の沿岸に渡船があるのを「もう、あの辺ですね。」と見遣ります。
灯台に向かおうとしていたときに他県ナンバーの車を止めるところを見ていたので「ここの方?○○?」車を指差して「?」を向けたらけっこうプライベートなプロフィールを話してくれて「今、喋りながら何回かトライしたけどダメでしたね。イカだったらすぐ釣れるんで、イカ釣りましょうか。」
ハマチとイカでは仕掛けが違うそうで、エビの形の仕掛けをつけると軽くひゅんっと海に投げて、すぐに「ほら、イカが近づいてきてるでしょう。」海の中を見るとエビの疑似餌に向かって2匹、ふよふよーっと寄ってきてるのが見えます。「ぅわ。ほんまや!かわいい!おお、めっちゃかわいい!つーか、めちゃめちゃ水が透明ですよね!ちゃんと見えるし、すごい!あ、今、騒いだらあかんやつ?」「大丈夫ですよ。」と言ってるうちに何度か逃げられつつ、「今はイカも幼いんで岸の近くにいるんだけど、これが成長するうちに沖の方へ行ってしまって、こういう釣り方はできなくなるんです。産卵でまたこっちへ戻ってくるときは30センチくらいになって。」「え、こわい。」「その頃にはこういう疑似餌じゃ騙せなくなってますね。」「今はまだ素直にかかってくれるんだ。」
なんてイカレクチャーを受けていたら、ひょいっとかかりました。かかりました!墨吐く!小さいのにめっちゃ墨吐く。イカの体表の液晶ビューティー、生きているイカは姿に意思がありますね。「醤油を持ってきてないから、海の水で洗うのでよかったら今食べますか?海の水とかいやじゃない?」「全然いやじゃないっていうかそうやって食べたことないけど食べたみたいです。」手際よくちょきちょきっと切って外して剥いて切って「どうぞ。」って。「いただきます。」旨い!甘い!歯ごたえ!あとゲソ、ゲソくっつく!ナニコレー!小さいのに味覚の満足感パネぇ。
島の人と旅行者として、警戒心をここまでロウにしていいのか判らないけど、たぶんお互いそういう性格だったようで、そのまま車に乗せてってもらって昼前までいろいろ連れてっていただきました。いろいろの中に私のリクエストの廃墟も含むので、なんつーか、渡る世間に鬼はなしって感じ?人の親切が骨身に染みます。また会えたらこってりお礼を言いたいです。なんかねえ、ほんまにゆるくてええ人やったもんで、あの時間を思い返すとしばらく機嫌がええんすわ。

書いてないね。書かないもんだ。

ツイッターを居場所にしたが最後、100字を超えない毎日だ。ものを書く場所って、何を使って誰に見られてって条件だけでそれなりの縛りを作るもんで、もちろんそれを左右する大部分は私の性格なんだけど、なんだかんだ言い訳にはなる。自分の行動パターンが変わって、PCを立ち上げずスマホで済ますようになって、閲覧先もSNSを中心に回りだすと、なんだかまるで他の人もそうなんじゃないかって決め付けてしまう。ブログが衰退したかのような錯覚。そもそも自分のみてきたものの推移と、人様が何をみてきて今何をみているかは違うもんねえ。みくしーの過疎化はスマホアプリの初動の失敗にあるって聞いたから、世の流れ的になんとなく遠からずって気もするけど。

キーボードを叩かなきゃ書けないようなことがあった気がするし、紙にペンで書かなきゃ出てこない言葉があった気がする。その前には縦書きじゃないと書けない何かがあった。予測変換は邪魔だ。邪魔で楽で、怖い。退化は適応という進化の一形態というけれど、この萎えてめしいていく感じ、怖い。道具にもってかれている時点でそれまでのもんなんだろうけど。易きに流されるのを反省するなら根性で時間を作れ、っていつまで同じこと言ってんだってな。

 

300日

長文を書いていない。

500円の占い師に「仕事辞めてもいい?」って訊いたら「やめとき」って言われたから、それを結論とする。占いって、いろいろ『仕方がない』んだからそれでも頑張れって理不尽に言われるだけで、それをなんだか清々しいと思うようになった。

仕事のために久しぶりにパソコンを立ち上げたら、コントの老人並みに動きが遅くて、ここは叩いて直すべきかともよぎったけど自制して、「XP 遅い 対策」で検索してアレしたところ、とりあえずまあまあ何とかなった。

パソコンを触るのがご無沙汰だったのも、携帯電話機に頼る生活によるもので、予測変換とオートフォーカスに馴らされて、いろんな感覚が鈍っている。鈍った足腰は使わなくては弱るばかり。しかしながら…と愚痴を続ける悪循環からまず断とう。仕方がないなりに何とかしたいなら何とかしなきゃどうにもならんのだから。

荒療治

日記を書ける程度に体調は戻り、いろんなところの他力本願に他力本願して集めた大衆の知恵からすれば「吐き下さなければ感染経路は概ね断たれている」ようで、家を出てももうテロじゃないだろうと、4日間篭城した部屋を出ることにした。直角三角形の斜辺(浴室な)。治らなきゃ医者に行くのがはばかられるってどうかなーと思うけど治す薬もないんだし仕方ない。経過と現在の状況を説明して「飲食業だもんでお医者さまのお墨付きがないと職場に行けないんですよね。」つったら「大丈夫大丈夫、もう治ってる。」って言ってくれて助かる。私は風邪が特技で、このお医者さまは「大丈夫」が特技の名医。「休まにゃ治らん」「でも休めないんすよね」「そりゃ知らん」「むひゅー」というやりとりを毎度飽きずにやってくれる。今回は「こんだけ流行ってるねんから、どこでも(ウイルスは)おるし、誰でもかかってる。」って言ってくれて、いろいろ気持ちの荷が下りた。感染させる心配はないけど、まだ胃腸自体は本調子ではないのと、胃に痛みがあるので胃薬を処方されて、了。

業務再開したら医者に行く時間が惜しくなるから、この際ついでに耳鼻科に行く。年始の副鼻腔炎はやっぱり治りきってはおらず、薬どーん。

木、金の絶食を経て、昨日までとにかく消化によいものをと腐心して、蕪を柔らかく炊いたり、キャベツをくたくたに煮たり、もちろんおかゆだし、薄味に徹して何なら油脂をほぼゼロにしてゆっくりゆっくり胃を慣らしてきたんだけど、今日はとんかつ食べた!食べたった。とんかつ定食にミンチカツもつけたった。美味しかった。四日もずっと横になってたからいろいろ飽きてたし全然物足りなかったんだよね、本当は。まあ、胃も痛いことだし、もうちょっと助走をつけてからのとんかつにすべきだったかもしれないけど、どーん。これはもう性格だからなあ。ただ、今回のアレで嘔吐しながら自分の噛まなさをつくづく省みてたので、せめてよく噛んで食べようと私なりに頑張った。よく噛んで食べると満腹感がこんなに来るとは、っていうか急発進すぎたのも多分にあるな、とにかくお腹いっぱいになって、ちょっと困った。けど、よく噛んだし、大事には至らず。ミンチカツはつけなくてよかったかな。ジューシーで美味かったからよし。満足したんだったら、これを機に「早食いの」大食いはやめよう、な。

(※「~したった」:「~してやった」の関西方言。てゆうか「炊いた」も方言とか言われたら足場が揺らぐわー。かなんわー。そんなん言われても、今日もお大根炊いたったで。)

のろわれたー

長期休暇を隠すところには隠して静かに不義理を決め込んでいたのが、お天道様にはまるっとお見通しで、そりゃあいかんよって懲らしめられた。懲らしめにしてはきつい。感染性の急性胃腸炎、のようです。症状から鑑みての素人判断だけど、恐らく流行のアレやね。

水曜の夜、ライブから帰ってきて余韻にムフムフしてたらムカムカっていうか臓腑がよじれる感覚に急転直下の地獄行き。上よ下よの大騒ぎって、胃が弱いとか普段から愚痴ってる私ですが、なかなか珍しいことで、「あー、もらっちゃったな、これは」って。出しながら、塩素系の洗剤で掃除しちゃう情熱と冷静の間。冷たいものを飲んだらびっくりするやろと思ってわざわざぬるま湯作ってちょっと飲んだら、そのちょっとがまた起爆剤になって、こんだけ気を遣ったのに何でよー。って「水分を摂っても吐く」とリアルタイムで検索すると、なるほどそうなんやね。こういうときは比喩じゃなく、湿らす程度、舐めるだけ、が限界なのね。飲める量を、舐める→ひとくち→ふたくち→ごくごくに増やしていく歩みだけでも、なんつうか身体を看る自分と回復する身体の自分と手取り足取りだ。(今日は炊いた芋を食べた!)右を下にして横たわるしかキープできる姿勢がなくて、眠れないけど首の筋を寝違えて、何が辛いってこれがいちばん後をひいて今も痛い。

とにかく感染性の胃腸炎だとすると、この爆発したての身体ではコンビニに行くのもテロなんじゃないかと思いつつ、自販なら大丈夫かしら…ボタンを押すのもなんだか怖いわ。ていうかこの脱水感、ふらついてやばいわ…。A型の人ってメールでも起きるっていうから、夜明けを待って、ルプミヘー。店の奥さまに「アクエリを…」ってお願いして、昼、届けていただく。ドアノブに「ゴトッ」とペットボトルの入った袋がかかる音。命、繋がった。

金曜・土曜の記憶があまりない。ベッドでスマホと対話してた。履歴は、「ノロ 出勤 いつから」「胃腸炎 食事」「ビオフェルミン 消費期限」「胃痛 ツボ」。久しぶりに見る浅い時間のテレビ番組は誰かが何かを美味しそうに食べてばかりで、お腹がすく。身体の側からの兵糧攻めとか、ちょっと意味判らない。おすし食べたいってともだちにメールしたら、治ったらおすし行こうねって返ってきた。吐き下しは治まってきた。いっときあった高熱も落ち着いた。胃の鈍痛は安中散でやわらいだ。体力は明らかに落ちてるだろうけど、とんかつ食べたら治るー!とんかつー!(今夜はおかゆ。)

苦しくて目を閉じている間、冬の枯れた山道の景色の中にいた。心象風景ではなくて、さいきんずっとそういうのばかり見ていたからだろう。街に帰ることが前提のひとりの山道はやはり居心地が良い。今朝、眠ると仕事に戻っていた。働きたくないけど働かなきゃという、こちらこそが素直な心象風景。

仕事に使うつもりで買ったやつ。イケアのごっついワゴンを掘り返して厳選した。

摩耶山

去年の夏、散歩の延長で山に入ってしまったことがきっかけのひとつ。

あの日、平地を歩くにも足捌きが悪いロングスカートをはいていたのに、面白半分に登山道へと逸れていったのが間違い。始めは小川に沿った緩やかな道を木陰の涼を楽しみながら歩いていた。こんなに心地よい風が流れる場所が街を少し外れるだけであるなんて、知らなかった。地元の人たちの毎日登山のおかげで道はきれいに整っているし、こんなところに茶畑があるなんて、みんな知らないよね?すげー面白い。まあ機嫌よく歩いていたのだけど、ここからネックとなったのは自分の性格。端的に言うと、もと来た道を戻るのがイヤ。道が、山を「登る」感じになってきて、この格好では歩きにくいぞと気がついても、引き返すのって面倒くさいし面白くないじゃない?たまにすれ違う人たちはちゃんと山の服装をしているから、コレってなめてるよなーって自分の姿をちと恥じるも、戻る判断ができない。できないんだ、私は。靴こそスニーカーだけどラン用の薄いソールのあれだから木の根を踏むと足の裏に感触が伝わってくる。蚊とか小虫が顔の周りをぶんぶん飛んで鬱陶しいったらありゃしないんだけど、タオルを回しながら(湘南の某かよ)、スカートたくし上げながら歩く。九十九折の坂道の一辺が長くて息が上がる。盛夏の熱さは街よりも穏やかとはいえ、昼摂った水分がそのままかぶったように体の外へ。虫はたかってくるし。もー。マイルストーンみたいな標識もよく判んなくて、どこまでどこからの数字なのか、でもカウントダウン(アップだったっけ?)しているから前に進んでいることは、たぶん確かで。舐めてましたごめんなさい、ってなんどか木漏れ日を見上げて誰となしに謝ってたら、山頂へ辿る道とケーブルカーの中間駅へ向う道への分岐に着いた。更に別の登山道(上野道、それまで私が歩いていたのは青谷道)から下山するルートも近くから分岐するけど、ギブ!私の脚で下りたら爆笑して進めなくなる。ケーブルカーの駅を目指してタオル振りながら歩いてたら、視界が開けて、街と大阪湾を一望するところなんかに出くわして、

登ったよねー、なんかかなり登っちゃったよねーって満足に浸れたけど、ケーブルの「中間駅」に着いて、ほうほうの体で自販のジュース一気飲みして、ケーブルカーの席に座ったらなんか負けた気分しかなくて、帰途思ったのは「摩耶山いつかちゃんと登ったる」。

週六で半日立ち仕事だからか、足腰はそれなりに丈夫なようで、歩くだけでは筋肉痛を引きずるようなことはなく、いや違うな、まだ生ぬるいからだ、まだまだいじめ足りないから筋肉痛にもならへんのや、と、M心がむきになりそうでその歯止めに腐心したり。それから何度か休みにちょこっと山を歩くようになって、寒くなりだしてから特に、ともだち少ない自分にはもってこいの場所だなって居心地よく思うようになっていた。私が歩ける範囲の山なんていわば公園。毎日登山の人とか行政とかが管理して整えてくれているから、その「人の手」を感じながら、しかしながら人の姿が(街に比べれば)とても少ない場所で自由に過ごせる。この山をホームとしている人は多いけど、気後れするアウェイ感がなくて、山ってそこがありがたい。聴きたい音楽に、色づく木々や水の流れを充てながら脚を動かす。外国のエレクトロニカと山、合うね。

年末年始の繁忙期は風邪と怪我を警戒して出歩くことを自粛していたもんだから、私のエア犬の前足が土をかいていたのを、リードを引いてなだめすかしていた。もうこの休みを利用しない手はない。今年の正月に病み上がりの景気づけにガチ過ぎない山靴を買って

(ねえ、これ超かわいくない?色の使い方とか、やっぱメレルっていーわー。)、リュックがないから相変わらずふざけた斜めがけバッグをかついで。一昨日、ご無沙汰してますってまずは修法が原を経て布引をテクテク歩いた。何度も歩いて慣れてしまうと飽きるかもしれないって心配したけど、季節ごとに見えるものが違って面白い。陽が翳ることがないのに風花が舞い続け、色のない山を背景に西日に輝く粉雪の美しいこと。つまりめちゃめちゃ寒くて何か暖かいものを抱きしめたいと妄想に耽りながら下山。山中にても煩悩は致しかたなし。

昨日、スタート時刻が遅いかなと気にかけつつ、(新神戸→)布引から市が原へ向って摩耶山方面へ。この道、いちど行きかけて日が暮れたので摩耶へ向う前のハーブ園山頂から下りたことがあって(なんならロープウェーで下りようかと思ったら運賃がアホみたいに高くて、アホかつって歩いて下りた)、この先を進めば摩耶山なのねって、あの時もはるか遠い摩耶山のイメージが刷り込まれたもの。全く興味のなかった六甲山系に急に入るようになったもので、山登りの一般的な感覚が判らない。ていうか感覚も体力も標準に達してないのかもしれない。こないだ美容師さんに「摩耶山登りたいんですよ!」って力んで言ったら、こども背負ってひょいっと登ったよって言われて、まじすかーってやりとりになったところだし。それはさておき、ルート的には市が原から天狗道を経て摩耶山のつもりで進みだしたんだけど、今「まやケーブル」が休止中だもんで山頂からも徒歩で帰らにゃならんとして、って逆算しながら歩いてたら、やっぱし遅いんじゃないかなーって不安になってきた。半縦トレランを趣味にしている知人に「天狗道しんどいよー」って脅されているし。(※半縦とは、六甲全山縦走の半分のコースの意。そこを五十路で爆走する猛者がいらっしゃる。)ま、行ける所まで行ってどっかでエスケープルートを下りるべ、という方針で前に下りたハーブ園を後にする。そっからいきなしまあまあしんどいやんけ。はあはあ言ったり、高みから海を望んでふはーって嘆息したり。ライブの予習にceroを聴いてたらアがる曲になってしまってついペースもあがって死ぬかと思ったり。天狗、恐るべし!ところが、ところがです、「登る」から「歩く」に変化してほっとしていたら分岐と地図が登場。そこで知るのは今来た道は天狗道ではなく、稲妻坂であって、これから、今からが天狗道だという。まじかー、あれ天狗ちゃうかったんかー。市が原から摩耶山まで3.6キロって書いてあった。半分くらいは来ただろうって思ったら、この時点でだいたい1/3。まじかー。時間を考えて、今回はここで下りることに。学校林道を下って、そのまま道なりに旧摩耶道に入って雷声寺へ向うと西へ戻りすぎてしまうようなので「中尾町」という矢印に従ってみることにした。そしたら、ここ、あんまし人が通ってないみたいで、道は道なんだけどクヌギの落ち葉が深くて滑る滑る、一歩一歩滑る。いっかい尻餅ついたし。足が道を外すと落ちるわけでしょ。落ちちゃわなくてもここでクキって捻ったりしたらきついでしょ。落ち葉ってこんなに怖いのかって、軽くぞっとした。ひゃーひゃー言いながらなんとかかんとか歩いてたら、小さな堰堤の上にあたる広場にポンと放り出されて、え?え?道の続きはどこかしらって急に焦るシチュエーション。四方を見ても道のきっかけなんて判らない。もしかして行き止まり?こんなところで行き止まり?戻るの?あの滑る道を登るの?面倒臭えー。勘弁してよー。と無言だけど舌打ちくらいはしますわな。ため息もつきますわな。ため息ついでに下を向いたのかね。木立の足元にペットボトルが落ちているのが目に入りました。こんな山の中にもゴミですか。ペットボトルの中に紙が入っています。二度見からのガン見からの、あーりーがーとー。「下りの道は堤防の左側(東側)です。まっすぐ行くとけもの道。時々、間違っておりられる方がいます。」あった、左に道あった。ペットボトルの人、ありがとう!そこからちょっと歩いたらちゃんと中尾町に着きましたとさ。ほ。

街へ下りて、素晴らしい甘味屋さんをみつけて甘酒でお腹を温めて、

かねがね入りたかった灘温泉に寄って、八幡さんの厄除けのお祭りを楽しんで帰りました。しかしながら、摩耶山は遠かりし。トェンティクロスを経由しての摩耶山って私にはまだ荷が重いかな。次も素直に天狗道をリトライするか、悩むところ。長峰から徳川道というルートもあるのか。ありがたいことにまだ飽きない。

正月にひいた風邪をこじらせていた。

 

鼻炎から副鼻腔炎に至り喉頭炎に発展したので声が出なくなって難儀した。声が出ないまま働いていたら、哀れまれたり労われたり、面目ない正月。面目ないけど働いているけどいつものことだけど労働意欲はなくて、申し訳ない正月。

猫と暮らしていた頃、外猫を極力触らなかった私は、浮気をしないタイプ。うちの猫に蚤やダニや病気を持ち帰りたくなかったから。リスク回避。これをそのまま人の話にすると面倒くさいのが、こういう自分の行動規範を理解してもらおうとかそういうアレ。猫を飼っていても野良猫を撫で回す人はいるし、それを別にとやかく言うのは嫌いで、自分はそうしているというだけのことなんだけど。あくまで行動規範の話であって、情の話ではないのに混同されるのも面倒くさい。

自分が無駄におしゃべりなのは、言いたいことを言いたいからというよりも、言いたくないことを言葉にしたくないからなのかもしれないと、さっき思った。たぶん合ってると思う。言葉にされたくないことをきくのもあんまり好きじゃない。だからそれ以外の言葉で埋めようとしているんだろう、きっと。感動もほんとうは言葉にしたくないことがらだから、感想って苦手なんだよなあ。だもんで、素直に感動を、言葉を繰って、伝えてくる人にうろたえてしまう。そういう自分の無用な神経質さとの折り合いは、いい年なんだからそろそろなんとかしたい。実は上段の猫の件も繋がってる。端折って端折って総括すると今年も独り身。ヘイ!

ところで、職場が設備工事をするんで、勤めだしてから最長の休みに入った。体調が戻りつつある戻りきらないタイミングなので浮かれそびれている。休業分だけお給料も目減りするのであんまりお金が使えないけど、お金を使わないなりの予定というのも考えが追いついてない。アタマも風邪の病み上がり。とりあえず定休曜日以外の夜に出れることはまずないからライブは3本行く。山に登る、ライブと映画、か。人と会う予定を作れないのは、気分も病み上がりだからかね。ヘイヘイ!

人と関わることを避け始めると服がよりカジュアルになり、ボーダー着用率も上がる。ここんとこその傾向が顕著。ああ、そういえばゲッターズ飯田さんの言うてることはあながち間違っていないな。

唐突にアレやけど、死にかけのときの性欲ってさ、生物として女の場合、ここから十月十日生きなきゃならんってなるから、この瞬間に子孫を残す可能性を賭してみたいなベクトルが生じないんちゃうかなって思う。だもんで弱り目に心の針がピクリとも振れないのは仕方がない。という弁解。健康あってのときめきですぞ。